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童貞・非モテ大学生時代のリビドー日記書庫

リストカッター物語

桜の季節。
ついにこの日が来たんだ。長きにわたる受験生活を乗り越え、僕はようやくここに立っている。
名門リストカット大学正門、通称赤門前。
辺りには健一と同じ新入生と思われる初々しい、どこか似合わないスーツ姿の男女が数多く見られた。
「これから四年間、よろしくお願いします。(すんなり行けばの話だけど。)」
健一は大学に向かって、そしてこれから共に学んで行くであろう仲間たちに向かって、心の中で礼をした。
そして一度深く深呼吸したあと、一瞬表情を強ばらせてから、健一は緊張したおぼつかない足取りで赤門をくぐった。
満開の桜の木。その花吹雪が健一達新入生を歓迎していた。


健一は入学式の行われるホールに向かう前に、どうしても訪れておきたかった場所があった。
そこはキャンパスのちょうど中心、校舎棟に囲まれた位置にあった。
様々な樹木に囲まれ、ベンチや自動販売機なども充実しており、憩いの場所として、リスカ大生はよく待ち合わせに使っているスポットだった。
そこの中心には池があり、噴水の代わりに、コンクリートブロックの中から一本の巨大な左腕が天高く突き上げられていた。
それは、リスカ大創始者、初代学長の左腕だった。
剃刀によって深く何度も何度も切りつけられた左腕は、大部分の肉がそがれ、骨が削れ、まるで彫刻だった。
その腕には大まかに3つ区切られ、三段重ねのトーテムポールのような姿をしていた。
一番上の顔は上斜めに切りつけられた傷跡が目、力強く、太く横に引かれた傷跡が口と、まるで怒っている顔のように見えた。
真ん中の顔は下斜めの傷跡、弱々しくも歪んだ口によって泣いているように見え、
一番下の顔はカーブを描いた傷跡によって笑っているように見えた。
この左腕はリスカ大の象徴として、校章にも用いられている。
毎年馬鹿な学生が金色にスプレーをしたり、ハゲかつらをかけたりといたずらの対象にされるのであるが、
そのたびにそれぞれの顔がまるで涙を流すように、傷跡から血が滴り落ちるという現象が観測されている。
これは神秘でも何でも無く、コンクリの下にうもれている初代学長が未だに生命活動を続けているというただそれだけの理由である。
ドクドクと鮮血を吐き出し続けるその左腕を見て、健一の心臓は高鳴った。
この腕の下には初代学長が未だに息をし続け、その心臓は力強く新たな血液を生み出し、それが傷跡から噴出し泉に注ぐ。
初代学長が引退し、噴水となることを決意してから百年つづいているこの血液の、生命の循環。
健一は正式なリスカ大生になる前に、もう一度その姿を目に焼き付けたかったのだ。


現学長の挨拶とリストカットが終り、島田という男子学生が入学生代表として左手首にリスカ大の校章と同じ川の字にリストカットをした後、
歓迎の催しが始まった。
トップバッターは三三七拍子のリズムに合わせて手首を掻き切るリスカ大応援部。
汗と鮮血を飛ばしながら一生懸命に手首を掻ききる学ランの男達の姿に、健一は同じ男として尊敬を感じた。
続いて現れたのはリスカ大OBでプロのミュージシャン葉山太郎がだった。
思わぬ大物の登場に一瞬会場が騒然となった。
しかし葉山が壇上に上がり左腕を高らかに上げ、剃刀を当てたその瞬間、会場は打って変わって静まり返った。
短いが永遠にも感じられる沈黙の後、葉山は剃刀を引いた。
ジャッジャジャジャジャーンジャッジャジャージャージャジャジャーン
地底湖の静まり返った水面に岩雪崩が落とされたような、そんな風景が思い浮かんだ。
激しいリズムとストロークで、吹き出る大量の鮮血。
かと思えば急に静かに、優しくゆっくりと、しかし奥深くまで切りつけたりする。
その抑揚のつけ方に、健一は心を奪われた。
葉山はストロークの強弱と同時に、左手を握ったり開いたりすることによって血管の太さを調節し、飛び出る血液の量を変えたり
時には静脈からトロリ、時には動脈からブシュッと、様々な演奏を披露した。


約10分ほどの演奏が終り、葉山が出血多量で担架に載せられて運ばれた後、リスカ大入学式はナアナアに終わった。
会場を後にする行列に続いて外に出ると、
見たところ2年生だろうか、すっかり今時の若者といった風体の女性が自分のサークルの紹介ビラを配っていた。
「入学式のあとは広場で新入生歓迎コンパやってまーす。サークル紹介もそこでやってるのでぜひ来てくださいね!」
受け取ったチラシを見ると、エクストリームリストカッティングサークル、新入部員募集中と書いてあった。
聞いた事のないスポーツだなと思い解説を見てみると、どうやら、
冬山の山頂や上空3000mからのスカイダイビング中などの極限状態でいかに美しくリストカット出来るかを競うスポーツであることが判明した。
健一は今まで運動部というものに所属したことがなく、いわゆる体育会系の上下関係などを面倒くさいと思っていたので
そのチラシをこっそりとゴミ箱に捨てると、様々なサークルがビニールシートを広げて新入生歓迎にかこつけて酒をあおっている広場へと向かった。
本来はサークルなどに所属せず、己のリストカットを極めるつもりであった健一の心を変えたのは先程の葉山の演奏だった。
自分もあんな風になりたい。
健一はリストカット大学血管弦楽団のスペースを探して歩いていた。


しつこい勧誘や酔っぱらいをかわしながら10分ほど歩き回り、すべてのサークルをチェックしたのだが、血管弦楽団のスペースは見当たらなかった。
ふと目の前にスーツ姿ではない、大人っぽく話しやすそうな印象の男性を見つけ、健一は血管弦楽団はどこにいるのかと尋ねた。
「管弦?今日は来てないみたいだよ。入学式で演奏もしたけど、葉山太郎みたいな有名人を輩出してるサークルだからね、積極的に勧誘する必要もない大手には来てない所もあるんだ。」
「そうなんですか・・・残念です。また大学が始まってから直接訪ねてみます。」
「そうだね、それがいいよ。そうだ、君これから予定はある?折角来たんだから僕たちの所にも顔を出してみないかい?」
帰ろうとした健一の肩に手を当てて、男がそう言った。
「大丈夫。無理やり入部、なんてことは絶対ないし。ウチはおとなしい奴らばっかりだからアルハラもセクハラも絶対にしないよ。まぁちょっと顔を見るだけでもさ。可愛い子もいるよ」
健一の顔に一瞬不安が過ぎったのを見逃さなかった男は、即座にフォローを入れた。
本当は帰りたくてしょうがなかったが、カワイイ子というフレーズに健一の心は揺れ動き、結局男に着いて行くことになった。
「僕たちのサークルでは究極のリストカットを研究してるんだ。もちろんリスカ大に入るってことは誰しもリストカットに興味はあるし、授業でも大抵のことは教えてくれる。
だけど僕たちの求めているのは学校で教わるようなリストカットじゃない。究極のリストカットなんだ。」

健一はいまいち男の言っていることが理解できなかった。
「あの、究極のリストカットって一体どういう事なんでしょうか?」
大人しそうな男の目に一瞬炎が宿った。


「君、リストカットはしてるよね?普段どんな風にやってる?今ここでやってみてよ。」
いきなりの展開に驚いたが、そこはもうリスカ大生。
健一は右ポケットから愛用の剃刀を取り出すと、左手首に横一文字に刃を走らせた。


男はその一連の動作を真剣なまなざしで見届けるとふぅとため息をついてこう言った。
「そんなのはリストカットじゃない。来てご覧。本当のリストカットというものを教えてあげるよ。」
男は見一の左手首をぐいと掴むと、自分たちの団体のスペースへと走り出した。


健一は何が何だか分からないといった顔でつれられていったが
その時頭にあったのは左手首からにじみ出る血が、新しく買ったばかりのスーツにボタボタと垂れてシミが出来ていることの心配だった。


男のサークルには2,3分してたどり着いた。
青いビニールシートの上では4人の男女が談笑しているところだった。
そのウチの一人の女子がコチラに気づいたようで
「あっ先輩、どこ言ってたんですか、まってたんですよぅ〜」なんて人懐っこい甘えたような声を出した。頬はほんのりピンク色に染まっていた。
「花澤くん、もう完全に酔っ払っちゃってるね・・・って皆顔真っ赤じゃないか。全く・・・新入生もいるっていうのになんという体たらくだ。」
やれやれ、すまんねと男は申し訳なさそうに健一に目配せをした。
「新入生!?先輩、もう一人捕まえてきたんですか、さすがデスね凄いです!」
花澤と呼ばれた女子は、新たな仲間との出会いに興奮を抑えられない様子でぴょんぴょんと跳ねた。
「まぁまぁ落ち着きたまえ、彼は正式に入部するとは決まったわけじゃないんだから。」
男は相変わらず落ち着いた様子でたしなめた。


「さて、これから彼には僕らが目指す究極のリストカット。といってもまだ全く試作段階の域を出ていないのだけれど。を体験してもらおうと思う。」
男は酒の入ったクーラーボックスの隣の子箱から歯ブラシのような何かを取り出した。
「いったい何なんですか、その道具は・・・剃刀には見えませんが・・・」
健一が素直な疑問を口に出した瞬間、男の顔は待ってましたとばかりにニヤリと笑い答えた。
「それが、剃刀なんだな。これが僕たちの作り出した歯ブラシ型剃刀さ。よく見てごらん、毛先がすべて細かな剃刀になっているんだ。」
よく目を凝らしてみると、確かにそれは歯ブラシではなく、何千、何万本ものミクロな剃刀が刺さって出来たブラシだった。
「そしてなんと、これは電動なんだ。」
スイッチを上にあげると、カチッと言う音がして、ブラシのヘッド部分が高速に回転し始めた。


電動歯ブラシ型剃刀。これが僕らの究極のリストカットへの第一歩、試作品さ。さぁ、よぉく見て感じてくれ、究極のリストカットの片鱗を!」
そう言って男は高速回転するブラシを口の中に突っ込んだ。
まずギュイーンという音、ガガガガガガと固いものが削れる音が聞こえそしてジュジュジュジュという、ミキサーで自家製のバナナミルクを作る時と同じ液体がかき混ぜられる音が聞こえた。
男の口からは粉々になった歯と、舌や歯茎などの肉片、そして大量の血液がドボドボとこぼれ落ちた。
その姿はシンガポールの噴水を思い起こさせた。


「どう?うちのサークル、ステキでしょ。」
口内を切り刻み鮮血マーライオンに夢中になっている男に見取れていたら、いつの間にか花澤と呼ばれた女が側に立っていた。
「入ってみない?ウチに入ったらもっと素敵で凄いリストカットに挑戦出来るよ。」

全然リストをカットしてないじゃん、なんてツッコミが頭を離れなかったが
花澤先輩があまりにもその豊満なおっぱいを押し当ててくるので健一は入部を決めた。


しかし、その数時間後、勢い余って剃刀ブラシを飲み込んでしまい内臓がミンチになって死亡した先輩の死体を運ぶ際に
花澤さんの乳首が無い事に気づいたので予定通り血管弦楽団に入部し直し、健一は一流のミュージシャンとして後世に名を遺すこととなった。